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東京地方裁判所 昭和42年(ヨ)2382号 決定 1968年3月02日

申請人 竹内文雄

右訴訟代理人弁護士 中西克夫

被申請人 株式会社毎日新聞社

右代表者代表取締役 上田常隆

右訴訟代理人弁護士 沢田喜道

右同 高橋梅夫

主文

(一)、申請人又はその所属する労働組合において金六万円の保証を立てることを条件として、次のとおり命ずる。

被申請人は、昭和四二年六月一二日から本案判決確定に至るまで、但し、本案訴訟が昭和四四年三月三一日までに終了しないときは同日まで、一ヶ月金二二、〇九二円あてを昭和四二年七月二七日を第一回として毎月二七日限り、申請人に仮りに支払え。

(二)、申請人のその余の申請を却下する。

(三)、本件手続の費用は、被申請人の負担とする。

申立

申請人の求めた裁判

(1)、被申請人に対し、申請人が労働契約上の権利を有することを、仮りに定める。

(2)、被申請人は、昭和四二年六月一二日から本案判決確定に至るまで毎翌月二七日限り金二二、〇九二円を、申請人に仮りに支払え。

(3)、申請の費用は、被申請人の負担とする。

被申請人の求めた裁判

(1)、申請人の本件申請を却下する。

(2)、申請の費用は、申請人の負担とする。

理由

一件書類に添付された疎明書類を総合すると、一応次の事実を認めることができる。

被申請人は、「毎日新聞」の発行等を目的とする会社であり、申請人は、東京経済大学経済学部の三年在学中であるが、昭和四一年三月一〇日被申請人の東京本社に学生アルバイトとして雇傭され、新聞発送の仕事に従事していた。申請人の勤務時間は、昭和四二年三月一九日以降毎日午後一〇時三〇分から翌日の午前四時三〇分までの六時間であり、申請人は、昭和四二年六月九日の午後一〇時三〇分から就労し、翌一〇日午前四時三〇分勤務時間が終了することになっていたが、当時中東動乱のニュースが殺到し、最新のニュースを掲載した朝刊の作業が遅れていたため、被申請人は、申請人に対して午前四時三〇分以降の超過勤務を命令したけれども拒否されてしまった。そこで被申請人は、アルバイト学生の就業規則である「学生アルバイト規定」第七条第七・八号に基き、所属長の指示命令に従わず職場の秩序を乱したものとして、同月一二日予告手当を提供することなく即時に解雇するに至った。なお、学生アルバイト規定には残業を命じ得る根拠条項はなく、又被申請人と労働組合(学生アルバイトの)との間には残業に関する協定も成立していなかった。

そこで、先ず、申請人の学生アルバイトとしての身分の法的性格について一見することとする。

被申請人会社においては、倉庫係、資料整理、新聞の荷作り発送等の単純な労働に常時学生アルバイトを使用してきたが、学生アルバイトの中には、年末繁忙の時等に一時的に雇傭される臨時学生アルバイトと、業務の繁閑に拘わらず、恒常的な仕事に恒常的に従事する通称長期学生アルバイトといわれるものの二種類があり、後者は、一応その雇傭期間を二ヶ月と定めてあったが、特別の事情がない限り、学生である限り更新を重ねて数年に及ぶものであった。申請人は、昭和四〇年一二月から昭和四一年一月まで臨時学生アルバイトとして被申請人会社に勤務したことがあったが、更に同年三月一〇日からは長期学生アルバイトとして雇傭され、期間は一応二ヶ月と定めてあったが、更新を重ねて昭和四二年六月一一日まで勤務していたものであったことが疎明されている。

とすると、名は学生アルバイトと称し、期間を二ヶ月と区切ってあっても、申請人と被申請人間の雇傭契約の実体は、いわゆる期間の定めのない通常の雇傭契約であって、一般の期間の定めのない雇傭契約と全く差異のないものであったといわなければならない。

ところで、本件において、被申請人と学生アルバイトの労働組合との間に、時間外労働に関する協定のないことは前記判示のとおりであるが、労働基準法三六条は、一日八時間制の労働者に対して実働八時間以上の労働をさせる場合にのみ適用があるものであって、申請人の如く一日六時間制の労働者に対し、一日実働八時間までの時間外労働をさせる場合には、いわゆる三六協定の存在は必要としないものと解する。しかして、労働者は、使用者に対し、労働契約によって引き受けた時間を超える労働を提供すべき義務のないのが原則であり、使用者としては、労働者に一日実働八時間まで労働をさせようとする場合には、当該労働者と個々に時間外労働に関する契約をする必要がある。勿論この契約は、「時間外労働をする日時毎に個々的な契約として約することもできる。」し、或いは又、「一般的に、使用者が実働八時間までは時間外労働を命ずることができ、その日時は、使用者において適宜指定することができる。」旨を約することも可能であろう(使用者と労働組合との間で右のような協定を結ぶことも又可能である)。しかしながら、人間誰しも一日の行動計画ないし生活設計を立ててそれに従った行動をするのが通例であるから、時間外労働をすべき日時が何月何日とか毎週何曜日とかのように労働契約等で予め特定されている場合ならともかく、単に後者のような一般的概括的時間外労働に関する約束が存在しているに過ぎないような場合に、終業時刻真際になって業務命令で時間外労働を命令し得るとなすときは、予め予定された労働者の行動計画ないし生活設計を破壊するような不利益の受認を労働者に強いる結果となることも考えられないでもなく、労働基準法第一五条の労働条件明示の規定の趣旨とも関連して、その業務命令に絶対的な効力を認めるとすることは妥当なものであるとはいい難いから、一般的概括的時間外労働に関する約束がある場合においても、労働者は一応使用者の時間外労働の業務命令を拒否する自由を持っているといわなければならない。但し、使用者が業務上緊急の必要から時間外労働を命じた場合で、労働者に就業時間後何等の予定がなく、時間外労働をしても、自己の生活に殆んど不利益を受けるような事由がないのに、時間外労働を拒否することは、いわゆる権利の濫用として許されない場合のあることは否定できない(労働契約で時間外労働の定めがないときは、災害その他避けることのできない事由によって臨時の必要があると認められない限り、時間外労働の拒否が権利濫用となることはない。)。

本件において、学生アルバイトの就業規則であると認められる「学生アルバイト規定」によれば、「始業終業の時刻は原則として次のとおり定める。ただし職場の実情によって変更することがある。」と規定し、その次にA、B、C、D、Eの各組に分けてその就業時刻が定められているけれども、この規定は単にA、B、C、D、E組の始業及び終業時刻及びその変更に関する定めであって、時間外労働に関する定めであるとは速断できないのみならず、又この学生アルバイト規定そのものが申請人に手渡されていたかどうかも判然としないところであって見れば、学生アルバイト規定から時間外労働の約束があったと見るのは困難である。ところが、本件の雇傭契約は書面によってなされているのであるが、その書面によれば時間外労働に関する文言は全然なく、結局時間外労働に関する約束は、口頭によってなされたものであるかどうかということにかかって来る。この点については、双方から提出された疎明書類によれば積極消極いずれとも認定し難いが、仮りに、一般的概括的な時間外労働に関する約束があったとしても、権利の濫用とならない限り時間外労働の命令を拒否できることは前述のとおりであって見れば、申請人の業務命令の拒否が直ちに不当なものであるとは断言できない。のみならず、申請人は学生で終業時刻後休養を取って当日の学業に備える必要がある(昭和四二年六月一〇日は土曜日で休日ではない。)ことや、申請人の勤務時間は六時間であるといっても深夜勤務であるから昼間の八時間勤務にも匹敵するものであること、又新聞社にとっては、臨時のニュースを購読者に可及的速かに提供すること自体が本来的使命であり、しかも、臨時のニュースの頻度の高いことも、その主張自体から明らかである(被申請人の昭和四三年一月二二日付準備書面添付の別表参照)から、常に臨時のニュースに対応し得る執務態勢をしいて置くことこそが通常の状態でなければならないというべきである。従って、中東動乱のニュースが緊急の事態である(それ自体通常の事態に外ならない。)からという理由で、申請人の時間外労働拒否が権利の濫用に該当するというには躊躇せざるを得ない。

とすると、申請人が、監督者の指示命令に従わないで時間外労働を拒否したことをもって業務命令違反ないし職場の規律紊乱に該当するとして申請人との雇傭契約を解約したのは、何等の理由を伴わない解雇であるといわざるを得ないから、一応解雇権の濫用であると解せざるを得ない(前述のように本件は予告手当を提供しない即時の解雇であるから、予告解雇としては無効であり、懲戒解雇とすれば、その理由のないこと前述のとおりである。又解雇の意思表示後三〇日後に解雇の効力が生じたとすべきか問題であるが、右のように何等の理由のない解雇であるとすべき以上、普通解雇としても解雇権の濫用であるという外はない。)。

尤も、申請人と被申請人間に一般的概括的な時間外労働に関する約束があったかどうか、若し、これがあったとする場合申請人の時間外労働の拒否が何等理由のない権利の濫用に類するものであったかどうかは疎明上しかく判然としたものではないので、この点について、口頭弁論を開いて厳格な手続によって疎明させるという方法も考えられないではないが、本件はいわゆる仮の地位を定める仮処分であり、しかも、口頭弁論を開いて審理をするとすれば、この種事件の通例としてその審理に相当長い時間を消費することも予想され、そうすれば、申請人は大学を卒業して他に職を求めてしまう時機が到来するという事態も発生して、仮処分制度本来の目的を没却する虞も大きいから、本件においては口頭弁論を開かず、その代り申請人の主張事実の疎明を補強する意味において、申請人に保証として金六万円を供託させることにした。なお、この保証金は、申請人の属する労働組合が申請人に代って供託することを許すこととする。

申請人が学生であって、本件アルバイトによって生活の資を得ており、賃金は前月一九日より当月三日までの分を当月一〇日に、当月四日より当月一八日までの分を当月二七日に支払う定めであって、その解雇の意思表示前三ヶ月の平均月収は金二二、〇九二円であるが、被申請人は昭和四二年六月一二日以降の賃金の支払をしていないことは、申請人提出の疎明書類によって一応これを認め得るところである。

以上のように、本件の解雇が無効であり、申請人が本件の賃金によって生活をしている以上、賃金仮払を求める点についての被保全権利ないし保全の必要性の存在はこれを肯認することができるから、この点に関する申請は理由があるものといわなければならない。

唯、本件の学生アルバイトという雇傭契約は、労働者となり得るものが原則として大学及び高等学校に在学する学生に限定され、その者が学校を卒業ないし退学した場合には、通常その雇傭契約の終了することを契約当事者双方が予定しているものであると一応認められる(学生アルバイト規定参照)から、本件仮処分の必要性の存在も、申請人が一応卒業すると予測される昭和四四年三月までと見るべきであるので、本案訴訟が同月三一日までに終了しないときは、賃金の仮払は同日までに限定するのが相当であり、その限度でこれを認容するものとし、その余はこれを却下することにする。

なお、申請人は、賃金仮払を求める外、任意の履行に期待する仮処分といわれるものの発令をも求めているけれども、仮の地位を定める賃金仮払の仮処分を命ずる以上、別段就労請求権等の存在するとは認め難い本件において、更に任意の履行に期待する仮処分を命ずることは相当でなく、又その必要性も存しないと解されるので、この点に関する申請部分はこれを却下することとする。

よって、手続費用の点について民事訴訟法第八九条を適用して、主文のとおり決定する。

(裁判官 吉永順作)

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